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目の健康についてまじめに考えてみよう

目の本来の健康とは

内科から訳あって母校の眼科学教室で眼科の勉強を始める事になってから自分の目に対する思いと同僚と随分考え方の違いがある事がわかりました。当時は教えられることが新鮮でなんでも吸収しようと勉強していましたが、30年近く経った今から振り返ると医学教育とは洗脳かなと思ってしまいます。

筆者は中学校の頃から近視を指摘されたことはあっても現在まで眼鏡をかけることなく生活しています。

老眼鏡も使用していません。もう還暦も過ぎているので覚悟をしてますが当分は心配ないようです。医者になった当時も眼科学教室に入局した時も裸眼で生活していました。自動車免許証も視力で引っかかることも一度もありません。自分自身では目の健康とは矯正具の頼り無しで生活が支障なく送れることと考えています。

しかし、眼科学教室で学会発表用の資料を作成するようになってから眼科医学村の風習に馴染むようになりました。つまり眼科医の認識は矯正具つまり眼鏡で矯正して1.0、1.2、1.5が見えればとりあえず良い目、健康な目と考えているようなのです。

視機能は視力だけではない

実際には矯正視力が良くても病気のことはいくらでもありますが、網膜や視神経にダメージがあると回復が危ぶまれるので矯正視力が悪い場合には少し緊張します。一般的に目が良い悪いの評価は視力で判断されますのでどうしても視力だけが問題になりますが視機能というと視力だけではないのです。

歳をとると問題になる調節力の衰弱、色や明るさを認識する能力の低下、立体視がうまく見えるとか眼位のずれなど両眼での機能の異常など多岐に渡ります。本来の健康な目というのはそれらもすべて問題がなく、常に目の存在を感じさせない状態なのです。

そんな中で一応視力というものが代表として検査され良い悪いと判断されるのです。

目が悪いとは屈折障害か眼病か

眼科では目がおかしいという患者を大雑把に分けると目の前にレンズをはめて視力が1.0以上あり歪みもなく他に大した訴えも無ければ単なる屈折異常、つまり近視、遠視、乱視などで眼病はないと考えます。

しかし視力が良くても目の病気のことはいくらでもあります。たとえば二重にものが見えるとか視力は良いが視野が欠けるとか目が赤く結膜炎だったり、緑内障の初期であったりです。緑内障の初期の場合は本人にも自覚症状がなく視力が低下したとか花粉症等でたまたま受診したりした時に見つかります。

見にくさを訴えて来院した患者が眼鏡で矯正しても視力がでない病状の時にどうしてかと頭をひねります。

眼科の学会での症例報告も矯正視力が悪い患者が良くなると良かったね、と言うことになり近視か乱視かには注意は向きません。つまり矯正視力(眼鏡をかけて測る視力)が良いと、この近視や遠視や乱視はどのように進行して現状のようになったのかはほとんど無視されるのです。

波動研究所のデータは健康で良い目とは裸眼でよく見えること

名古屋にめいらくというコーヒー用のミルクで有名な会社があります。ここでは商品開発などのために波動研究所が併設されています。

ここでは入社したものは波動検査で全身状態もチェックされます。未病の段階でそれぞれの臓器や器官が疲れた状態かどうかを見ます。

ここのデータで面白いものがあり、ほんべ眼科での視力教室でいつも紹介しています。それは目の項目で波動検査の点数が高いものは裸眼視力がよく、そうでないものは悪いというものです。(図参照)考えて見れば当然です。おなじ裸眼視力でも老化の程度、機能の差などで差が出てきます。

動物の世界は眼鏡をかけていません

眼鏡は近視や遠視、乱視の人にとって画期的発明品でしょう。人間は時々ひどく傲慢になります。

人間はすごいだろう、動物ならこんなものは発明できないだろう、と。発明は素晴らしいのですが、ちょっと待って少し考えて下さい。動物が目が悪くなったら生存する確率がひどく下がるでしょう。

つまり生涯健康な目を保っています。経験深い獣医さんが言っていましたが、昔は犬ならフィラリアとか病気も動物に特有のものしか無かったが現代では人間の病気がほとんどあると嘆いていました。

目に関しても白内障は増加傾向のようですが、さすがに屈折異常は少ないようです。白内障の増加もペットには本来の自然のものを食べさせているわけでなく、人間の都合によるペットフードなどの影響だと思います。

動物は老化で目が見えなくなる以外は近視になることもなく人間が文明の利器といっている眼鏡、コンタクトレンズは必要としないのです。

強度近視は矯正具のたまもの

版画家の故棟方志功さんはかなりの強度近視でした。彼の作品製作中の姿がネットの画像検索で見られますが瓶ぞこメガネをかけて、さらに製作中の作品に顔をこれでもかと近づけています。晩年は失明に近かったと聞いています。世の中に眼鏡というものがなかったならこんな近視にならなかったのではと思います。

近視は近くを見続けることでなりますが初期の近視でも眼鏡をかけてさらに近くを見れば近視は進行し、眼鏡の度数を上げても近くを見すぎるということを改善しなければ近視は止まりません。近くを見すぎるという生活習慣を見直すことをしなければどの色彩が目に良いとかは二の次だと言うことです。

安易に眼鏡を勧めるのは罪である

眼科医が容易に眼鏡を勧めるのかは「眼鏡をかけても目のいい人と同じ見え方じゃないことを知っていますか?」で説明しましたが、もし眼鏡が治療器であるならば、どんどん近視が進む事は無いはずです。強い度数の眼鏡をかけている人も最初からそんな度数をかけていたのでしょうか。そうではありません。

だいたい-1.5ジオプター前後の眼鏡から始まります。もし、眼鏡をかけることでそれ以上近視が進まないのなら、是非みんなに勧めたいと思いますが、多くは1、2年もすると近視が進み度数を強くしなければいけない状態になってきます。なぜでしょうか。目の使い方を指導しないからです。

MEMO
コンタクトレンズのケースに「-2.50」といった数値が書かれているのを見たことはありませんか。眼鏡を作るときにも店員が持っている紙にも「右-2.50」とか書かれているのを見たことがあるかもしれません。これは、近視度数を表わす「ジオプター」です。
ジオプター(ディオプター)とは、眼科において、近視、遠視、乱視の度数を表す単位のことで、「D」や「Diopter」といった記号で表わします。視力が物を見る眼の力を表わしますが、ジオプターは「眼の屈折力」を表わす単位です。

ジオプターの値が±0の状態が一番正常の目の状態と言えます。遠視の度数はプラス(+)、近視の度数はマイナス(-)でそれぞれ表記され、数値が大きいほど遠視や近視の度合いが高くなります。

まとめ

目の本来の健康とは視機能がよく、日常、目の存在を自覚しないことです。視力は視機能の一部でしかないが代表して検査しているに過ぎません。初期の近視に眼鏡を勧め、その後近視を進めたのなら、それは罪であることを覚えておいてほしいと思います。

2 Comments

梶田

ゆほびかの付録の、六芒星メガネを使用したところ、数分で肩の凝りが楽になり、びっくりしました。 今まで試したどんなマッサージよりも効きました !!
ところで、現在小学校低学年の子供がおり、今のところ、視力に問題はないのですが、今のうちから六芒星メガネを使わせれば、将来の視力低下の防止になるでしょうか?
よろしくお願い致します。

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本部 千博

コメントありがとうございます。
勉強などよく目を使った時は六芒星メガネもいいでしょう。忘れてならないのは正しい姿勢、近くを長時間見ない、布団に入ったら本やゲームはダメ、あまり細かい字の本は見ない(教科書の文字の大きさを参考にする)など、日常の生活に気をつけ、視力表で時々チェックすることです。

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